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英国留学記


英国留学中、イギリスのアッシャーたちと交流して感じたこと、
学んだことなど色々少しずつ紹介していきたいと思っています。


注意テープ(黄色・黒色のゼブラテープ)

留学中、アッシャーやその家族、友人たち関係者が集まってできたUsher UKという非営利団体に関わっていました。この団体は、イギリス最大の盲ろう協会であるSenseの援助を受けています。
メンバーの中には、BDA(英国ろう協会)機関紙「SignMatters」に毎月「Usher View」コーナーでアッシャーについて連載を書いている人、イギリスの手話番組「SeeHear!」でアッシャーが話題にあがるときアッシャーのロールモデルとして出たり、など活動家がたくさんおられます。
詳しい活動内容は、後日紹介させていただくことにして・・・。

アッシャーUKの定期総会が2004年9月11日にロンドンのRNIB(王立視覚障がい者協会)にて行われ、メンバーとして参加してきました。

会場は、もちろん、照明が明るく、スペースにゆとりがあるところです。
床がカーペットになっていることも歩きやすかったです。
しかし、これだけでは安全を考慮したところではありません。

アッシャーが壇上に安心して上がれるよう、写真のような工夫がなされていました。
視野狭窄のある人、バランスがうまく取れない人などのために通路を広くあけ、通路には白テープで通路を示しています。
また、段差(階段)には、黄色と黒色の縞テープ(100円ショップでも売ってます)を貼って、注意を促しています。

  

国内でも、何かの大会や講演会などで舞台のある会場を利用することがありますね。
例えば、講演会が終わった後、質問しに舞台に上がったり、抽選に当選して舞台に上がったりするとき、舞台の手前に階段がありますよね。
階段に手すりがないのが殆どであり、会場は照明が落とされているため、一般の方でも階段でつまずきそうになったり、階段から下りるのに時間がかかったりする方がかなり多くいます。中には、転落しかける人も・・・。
舞台に上がる人を観察してみると、85%の人が手すりのない階段の昇降に気を使っていることが分かります。

また、Senseホリデーという盲ろう児、重複ろう児を預かり、1週間寝食を共にするボランティアに参加したとき、利用したコテージでも段差やラグに足を取られることのないよう、ラグを取り除いたり、段差に黄黒色テープを貼り付けていました。

たったこれだけのことで、全員が安心して快適に過ごすことができました。
住み慣れたはずの自宅でさえ、つまずくことがあるのにね。

階段や段差に黄黒色テープを貼り付けましょう。
ほんのちょっとした工夫で危険防止になります。

あと、講演会があれば、ビデオに取って、内容を記録したりしますよね。
ビデオカメラを配置すると、いつ誰かがビデオカメラにぶつかって倒してしまうか分かりません。
またコードに足をとられかねません。

ここでも黄黒色テープでビデオカメラの周りを囲んでいます。
また、コードには上からガムテープを貼り付け、コードに足を取られないようになっています。

アッシャーや盲ろう者がいようといまいと、皆さんの地域でも黄黒色テープを使ってみませんか。


同時放送テレビ

2004年7月に5日間、BDAの定期総会(日本でいう全国ろうあ者大会)がスコットランド北部インヴァネスで開かれた。
イギリスでは、
(1)3年毎に開く大規模なCongress
(2)毎年開くConference
の2種類の定期総会が開かれており、この年は(1)のCongressが開かれ、期間が5日間もあったのだ。
最終日には、スコットランド伝統の「ハイランドゲーム」を見ることができた。開催地のイベントに合わせて、定期総会を開くのも参加者を増やす方法であろう。

私は、この大会前に大都会グラスゴーへ向かい、2団体ある盲ろう者協会へ見学してきました。この話は、またの機会に書くことにして・・・。

インヴァネスは、あのネッシー騒動で有名なネス湖があり、観光客でごった返しているであろうと思っていたが、こじんまりとした町で、整備されていて段差が少なかった。
その中で一番驚いたのは、イングランド各地と比べて、盲導犬を連れた人の多いこと。
自然がとてもキレイで、道路が広く、視覚障がい者にとって住みやすいところなのだろう。グラスゴーで緊張して疲れたせいか、ここではゆっくりと街の散策を楽しむことができた。

Congressメイン会場に入り、開いている席を探すとき、この会場を大変気に入った。
というのは、階段の段差がわかるよう横一字に小さなランプがついていた。これなら会場が暗くても、足を踏み外す心配がない。

空いている席に座ると、次から次へと人が同じ列の席へ流れてきた。隣の人に手を振って呼ばれたのだが、肩を叩かれるまで気づかなかった。「アッシャーなので、気づかなかったわ」と説明すると、「あら。前の席にアッシャーのための席があるわよ。」と相手が言った。
指していた指の方向を見ると、確かにテレビが2台見える。ひょっとしたら他のアッシャーがいるかも知れないなと思い、前に行くことにした。

お礼を言い、テレビが見える席に向かった。
テレビの近くにいくと、知り合いのアッシャーが2人いたので、挨拶を交わした。アッシャーのための席があるなんて驚いたと感想を述べると、「以前、BDAと一緒に『Usher Awareness』というキャンペーンを行ったときにBDAに要望を出して以来、大会がある度に用意してもらっているんだ。」と説明してもらった。

やがて大会の開会式が始まり、テレビの電源が入った。しかし、映像が乱れている。
すると、隣にいたアッシャーが立ち上がり、大会関係者に「テレビの調子が悪いぞ」と訴えた。
式の途中にも関わらず、テレビを調整してもらえたが、その堂々とした訴えに小さな感動を覚えた。ちょっと困ったことがあっても我慢しがちであるが、困るのは自分だけでなく相手も同じであるはずという信念を感じた。

なぜテレビが2台あるの?
1台は演説する人、もう1台はOHP・パワーポイント・ビデオなど背景に映し出されている映像を流している。
また、演説者が聴者の場合、写真のように左側が演説者本人、右側が手話通訳を映し出している。


2台のテレビを見るだけで、舞台にいる人を追ったり、人や背景の映像を交互に見たりする必要がなく、目が疲れなくて良いと思った。

日本では、ここ数年、盲ろう者とガイド・通訳者のための席が舞台の手前に用意されるようになったが、このようにテレビを置いて、近くで見られるようにしてもらうのも一つの方法ではないかと思う。収録するビデオカメラからテレビへコードをつなげるだけだから、技術的にそう難しくない。備品に費用がかかる場合があるが、アッシャーや弱視にとってテレビの方が見やすいのであれば、その分ガイド・通訳という人手負担の軽減になるだろう。


ハッピーアッシャーディ

留学中、初めてサマータイムを経験した。

サマータイムのことを英語でDaylight Servingと言うのだが、北半球では10月と3月に、国によって決まった日に時計の針を1時間戻したり進めたりして、日照時間を効率よく利用して過ごそうというものだ。省エネ効果があり、多くの国でサマータイムが実効されている。
日本でも戦後しばらくの間までサマータイムが使われていた。

最初にサマータイムを経験したのは、10月の最後の日曜日だった。
その週末は、友達の家へ泊まりに行っていた。
寝る前に「明日は、時計の針を1時間進めるのを忘れないように。」と言われた。
翌日は、それまでより一日が早く感じた。
というのは、時計の針を一時間進めた分、陽が沈むのが1時間早くなってしまったのだ。
なんと侘びしいことか。

次にサマータイムを経験したのは、3月の最後の日曜日だった。
そのときは、イタリアのフィレンツエにいた。
サン・マルコ美術館でフラ・アンジェリコの宗教画を堪能し、そろそろ帰ろうかなと思っていたら、警備員に「門を閉めるよ?」と声をかけられた。
「まだ5時なんだけど、早いねぇ。」(ガイドブックには、6時閉門と書いてある)
「ははは! 今日からサマータイムだよ。今の時間は、6時だよ!」
何とも拍子抜けした瞬間だった。
幸運なことに、その日は電車で移動する予定はなかった。

次から次へとイギリスの友人からメールが来た。
「ハッピーアッシャーディ!」
「暗くなるまで外で遊ぼう!」
「外にベンチがあるパブへ行こうぜ!」

遅くまで明るいこと、太陽の光を浴びることの幸せを知っているのは、彼らの方が上である。
サマータイムが始まる日のことを「ハッピーアッシャーディ」と呼ぶのは、アッシャーらしい発想だなと思った。

ロンドンでは9時半に暗くなり始めるのだが、北アイルランドでは11時にようやく暗くなった。
関西では7時半頃に暗くなるから、サマータイムが導入されたら8時半まで明るくなるってことか。
北海道へ行くと、さらに日が長いであろう。

日本に置き換えて考えてみると、どの日がハッピーアッシャーディにふさわしいか。
日が長くなってくる春分の日だろう。

となると、秋分の日やサマータイムが終わる日が「ブルーディ」か。
(実際、お盆になると日が短くなるのがよく分かる)


自動車運転免許について

「車持ってる?」

日本では友達や親しくなった人からよく「運転免許証を持っているかどうか」「どんな自動車を持っているか」と聞かれることが多い。
車の話になる度に辟易してしまう。

まるでろう者の100%が車を持っているという錯覚に陥るかのようだ。
中には「免許証を持っている=自動車を持っているはずだ」という固定概念があり、ペーパードライバーは恥ずかしい思いを強いられている感がある。

しかし英国留学中、免許証や自動車の保有について聞かれたことが一度もなかった。
これは大変快適であった。
それどころか、免許証を持っていても自動車を持たない人が少なくなく、「自動車に乗らない」という選択もあるのだ。
自動車に乗らないことは恥ずかしいことではない、という考えの存在を知った。

日本ではなぜ自動車に乗らなければならないのだろうか。
アッシャーにとって、自動車を運転できないことが致命的である。
全盲ではないから視力の状態によっては工夫すれば運転できることから、自動車を運転するアッシャーが日本にかなり多く、事故を起こさないかぎり危機感を感じることが少ない。
聴覚障がい者は、補聴器を使用して10メートル離れたところからブザー音が聞こえることができれば運転ができる、ということになっている。
しかし、視力検査については、眼鏡をかけて補正視力がある程度あれば運転できるが、視野の検査は行われていない。

ところが、イギリスでは、免許証を持たない、自動車を運転しないと決めている人が、アッシャー、ろう、聴者に関係なく多い。
「免許は持っているけど、毎日乗るわけじゃない」
「交通が便利なところに住んでいるし自動車は必要ないわ」
「歩くのが好きだから、車がなくても不便じゃないの」
という話を聞いた。

20年運転をしていたアッシャーが自ら事故の危険性を感じ、免許返済をした話も聞いた。
なぜ自動車を運転しないと決めたのか理由を聞いてみると、自分も家族にとっても事故を起こしたくないし、命を大事にするためには当然の行為とのこと。
本人にとって苦渋の選択であったにちがいないと推測できるが、その表情はさっぱりしていた。

また、最初から運転免許を持っていない人の場合、アッシャー症候群が発見された後、本人の発育状態を見極めた上で、両親・医者・教師などが、夜盲症や視野狭窄などの特徴、何に注意しなければならないか、自動車の運転以外は何でもできると教えるようにしているとのこと。
アッシャー本人も「自動車にお金をかけるよりも他のことにお金が使えるじゃないか」「自動車を持ったら持ったで事故や車上荒らしとか心配はキリないじゃないか」と言っていた。

アッシャー本人にとって「運転できない」ことは受け入れがたい事実であるが、一般的に自動車を運転するもしないも個人の自由であるという環境があれば、劣等感を味わうことが少ないと思う。

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