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管理者のきこえ・・・ろう(補聴器をつけていません) 管理者はろうですので、このアッシャーサイトも「ろう者としての立場」からの内容が多いと思います。ろう盲者の中にはアッシャーが多いので、ロービジョンやろう盲について現在勉強中ですので、もし間違ったことを書いていたりしたら教えてください。よろしくお願いします。 ------------------------------------------------------------------------------ ■アッシャーとの出会い イギリスのろう関係の本を注文しようとカタログを取り寄せたとき、カタログにアッシャーに関する本がいくつか紹介されていました。
自分がアッシャーであると認識したのは、2002年アジア某国へ旅したとき、現地のろう者に「暗いところでは見えにくいので、腕を貸してください」とお願いしたところ、「ひょっとしたら、アッシャーなのか?」といわれた時です。 その時に初めてアッシャーについて簡単な説明をしてもらったのです。
自分がアッシャーであることを初めて言われたショックよりも、『専門家がいない』そのことがショックでした。
旅を終え、本屋で視覚に関する本の中で「Usher's Syndrome」「アッシャー症候群」「アッシャーシンドロ-ム」探しましたが、なかなか十分に情報を得られる資料がありませんでした。 そこで、上記のカタログを利用して、アッシャーに関する本を海外から輸入して読んで初めて知ることができたのです。 アッシャーについて知識が増えれば増えるほど、管理者の今までの疑問が明らかになっていく気がしました。
■アッシャーと認識する前は・・・ ろう学校の幼稚部へ通っていたころ、車道脇の歩道を母親に引っ張られながら歩いていました。
「真っ直ぐ歩けないなんて、バランスが悪い。下をしっかり見て歩きなさい。」と何度も注意されていました。
というより、「薄暗くなったら晩御飯だから早く帰りなさい」という門限が決まっていただけですが。
ところが、小学校6年生の林間学校でキャンプファイヤーや肝試しがあったとき、初めて「光のない暗いところで一人歩きができない」ことに自分で気づいたのです。 それまでは、薄暗いぼんやりした夕方でもチャリをこいでいましたから。 ファイアーを囲んでいたとはいえ、周りの人がはしゃいでいて、おしゃべりしている。
中学時代も3年間、林間学校へ参加していましたが、やはりキャンプファイアーが嫌いでした。
同級生に「暗くて見えないから、手をつないでね」とお願いし、手をつないでもらって歩いたのですが、ひたすら一生懸命ついていくだけで、星を見る余裕なぞありませんでした。 小・中学校では、週に1回朝礼があり、天気のいい日は運動場に全校生徒が集まっていました。
子供時代からいくつか異常を感じていたにもかかわらず、自分の目に異常があるとは、あまり深く考えていませんでした。 映画館では映画が始まる前に席について、最後のクレジットが流れてから出ればよかったし、暗いところでの外出は明かりを頼りに歩いていけばよかったのですから。
また、小・中・高校での体育でボールを使う授業は、苦手でした。
今思えば、あれはアッシャーが原因、例えば暗点にボールが入りボールを見失ったのかも知れません。 大学生になり、キャンプに参加することもなくなっただろうと思っていたが、大学生になった年に参加した聴覚障がい青少年国際キャンプでキャンプファイアーがありました。
それを知ったスタッフ(某ろう学校教諭)から「トリメや、聴覚と視覚障がいに詳しい先生を知っているので、○○病院へ行って診てもらうといいかもしれない。」とアドバイスされました。
このように自分の目の見え方に疑問に感じながらも、その原因を知る情報源がなかったので、知る由もなかったのです。
2002.2.18 記す |