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管理者について


なぜ、このホームページを作ったのでしょうか。
それは、管理者自身もアッシャー症候群(タイプ1)があるからです。

管理者のきこえ・・・ろう(補聴器をつけていません)
管理者の見え・・・・・視力に問題はありませんが、ライトのない暗いところでは見えません。
            視界は、ドーナツの暗点があることが眼科での検査でわかりました。

管理者はろうですので、このアッシャーサイトも「ろう者としての立場」からの内容が多いと思います。ろう盲者の中にはアッシャーが多いので、ロービジョンやろう盲について現在勉強中ですので、もし間違ったことを書いていたりしたら教えてください。よろしくお願いします。

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■アッシャーとの出会い

イギリスのろう関係の本を注文しようとカタログを取り寄せたとき、カタログにアッシャーに関する本がいくつか紹介されていました。
最初は、「アッシャー? 何のことだろう?」と全く気にしませんでした。
その時は、まさか自分がアッシャーであるとは思いませんでした。

自分がアッシャーであると認識したのは、2002年アジア某国へ旅したとき、現地のろう者に「暗いところでは見えにくいので、腕を貸してください」とお願いしたところ、「ひょっとしたら、アッシャーなのか?」といわれた時です。

その時に初めてアッシャーについて簡単な説明をしてもらったのです。
「Deafの中で夜盲(トリメ)や視野狭窄がある人のことをアッシャーと言うんだよ。」
「日本でもそうだが、アジアではアッシャーという言葉そのものが知られていないし、アジアには専門家がほとんど全くいないんだよ。」

自分がアッシャーであることを初めて言われたショックよりも、『専門家がいない』そのことがショックでした。
日本にも一人ぐらい研究されている人がいるにちがいないと思いますが、実際はどうなんでしょうか。

旅を終え、本屋で視覚に関する本の中で「Usher's Syndrome」「アッシャー症候群」「アッシャーシンドロ-ム」探しましたが、なかなか十分に情報を得られる資料がありませんでした。

そこで、上記のカタログを利用して、アッシャーに関する本を海外から輸入して読んで初めて知ることができたのです。

アッシャーについて知識が増えれば増えるほど、管理者の今までの疑問が明らかになっていく気がしました。
自分は、運動音痴や注意散漫だからなのではなく、アッシャーであるから、なんだと。

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■アッシャーと認識する前は・・・

ろう学校の幼稚部へ通っていたころ、車道脇の歩道を母親に引っ張られながら歩いていました。
その歩道は、どぶ川の上にコンクリートタイルでつなげてできていたので、コンクリートのつなぎにある穴(空気穴?)によく足を取られていました。
また、歩道脇についている乗り上げ止め(正式名が分かりません)の上をよく歩いていたのですが、乗ってから降りるまでの間を一人で真っ直ぐ歩くことができませんでした。

「真っ直ぐ歩けないなんて、バランスが悪い。下をしっかり見て歩きなさい。」と何度も注意されていました。
自分なりに下をちゃんと見て歩いていたのですが、それでもつまずいたりふらついたりしてしまいました。


子供時代から夜や暗いところでの外出をあまり許されていませんでした。

というより、「薄暗くなったら晩御飯だから早く帰りなさい」という門限が決まっていただけですが。
真っ暗になるまで友達の家で遊んでいたら、必ず両親が迎えにきてくれていました。
当時は、それが当たり前だと思っていました。

ところが、小学校6年生の林間学校でキャンプファイヤーや肝試しがあったとき、初めて「光のない暗いところで一人歩きができない」ことに自分で気づいたのです。

それまでは、薄暗いぼんやりした夕方でもチャリをこいでいましたから。

ファイアーを囲んでいたとはいえ、周りの人がはしゃいでいて、おしゃべりしている。
自分は、耳がきこえないから話が分からないから、輪に入れないんだなと最初は思っていたのですが、火が消えたあと、旅館へ戻るまでの道が真っ暗で足元が見えなかったのです。
旅館へ戻るまでの間、何も見えなくて怖くなり、次の夜にあった肝試しには「お腹が痛いから寝ている」と嘘をつき、参加しませんでした。

中学時代も3年間、林間学校へ参加していましたが、やはりキャンプファイアーが嫌いでした。
一番イヤだったのが、キャンプファイアーのあと、星を見ながら高原を歩くことでした。

同級生に「暗くて見えないから、手をつないでね」とお願いし、手をつないでもらって歩いたのですが、ひたすら一生懸命ついていくだけで、星を見る余裕なぞありませんでした。

小・中学校では、週に1回朝礼があり、天気のいい日は運動場に全校生徒が集まっていました。
小学校では、帽子を被ることが義務付けられていたので、帽子を被っていたのですが、しばらくすると眩しさのあまり目を開けていられなくなり、目を閉じることがしょっちゅうありました。
一生懸命目を開けようとしましたが、「寝てる」と勘違いされて叱られるのではないかとヒヤヒヤしたものです。

子供時代からいくつか異常を感じていたにもかかわらず、自分の目に異常があるとは、あまり深く考えていませんでした。

映画館では映画が始まる前に席について、最後のクレジットが流れてから出ればよかったし、暗いところでの外出は明かりを頼りに歩いていけばよかったのですから。
それが自分にとって、「普通の見え方」だったのです。

また、小・中・高校での体育でボールを使う授業は、苦手でした。
鉄棒、跳び箱、マット運動などの個人競技は得意だったものの、ボールを使う球技では味方からのパスを取り損ねることが多く、他人からよく言われ自分でも「運動音痴」だと思いこんでいました。
耳が聞こえないから、相手の掛け声が聞こえずにパスを取り損ねたのかも知れません。
でも速いボールを目で追いつくのに精一杯で、動きに出るのがどうしても遅れてしまうのです。

今思えば、あれはアッシャーが原因、例えば暗点にボールが入りボールを見失ったのかも知れません。

大学生になり、キャンプに参加することもなくなっただろうと思っていたが、大学生になった年に参加した聴覚障がい青少年国際キャンプでキャンプファイアーがありました。
不幸にも、テントが山の中、しかも山道を上がったところにあり、夜テントを出たり入ったりするのに、人手を借りなければ一人でテントまで行くことができなかったのです。
一度テントに入ると朝までトイレにいけなかったし…。その点を除けば、キャンプは楽しかったのですが。

それを知ったスタッフ(某ろう学校教諭)から「トリメや、聴覚と視覚障がいに詳しい先生を知っているので、○○病院へ行って診てもらうといいかもしれない。」とアドバイスされました。
結局行かず終いだったのですが、あの時にちゃんと行ってたら、もっと早く原因を知ることができたでしょう・・・。
いや、検査結果を知ったら知ったで今と違う受け止め方をしていたかも知れない。まだ10代だったので将来に絶望していたかもしれない。

このように自分の目の見え方に疑問に感じながらも、その原因を知る情報源がなかったので、知る由もなかったのです。
聴覚障がい者の中で、視覚の異常に気づきながらも、自分の視覚からくる不安や周囲の理解のなさに苦しむ人がいます。
そういう人たちにとって、このホームページが役立ってくれることを願います。
各地のろう学校では、アッシャーについての知識がある先生が数少なく、またアッシャーを理解してもらうための取り組みがなされているところはないでしょう。
アッシャーは、聴覚障がい者中で3〜6%という確立で見つかっていますが、同じ悩みを持つ人を見つけるのは簡単ではありません。
このHPを見てくださる人からアッシャー仲間作りが広がるにつれ、アッシャーへの理解や認識度が広まることを期待しています。

2002.2.18 記す


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